column コラム

コーヒー百家争鳴

一杯のコーヒー話から。 ネスレは2014年7月24日、日本コーヒー公正取引協議会を含むコーヒー関連の4団体から退会した。 この動きは業界に大きな波紋を広げただけでなく、ネットでもその行動を多方面から叩かれている。 ことの発端は2013年9月から主力製品のネスカフェゴールドブレンドなどに、微粉砕した焙煎コーヒー豆とコーヒー抽出液とを混ぜ合わせ、その後乾燥して作るという新製法を採用し、このプロダクト・イノベーションを梃子に、インスタントというよりはレギュラーコーヒーに近いとの考えから「新カテゴリー」製品として「レギュラー・ソリュブル(可溶性)コーヒー」と呼称した。しかしながら、これが通常のレギュラーコーとの誤解を招くとして、全日本コーヒー公正取引協議会がその名称使用を認めないことを決めた。「新カテゴリー」であるとの主張が認められなかった。 産経ニュースによれば 「ネスレ日本は、現在の商品名称での販売、広告展開が不可能になるため、同公正取引協議会を脱退。ほぼ加盟社が同じ全日本コーヒー協会、ネスレ日本の高岡浩三社長が会長を務める日本インスタントコーヒー協会、日本珈琲輸入協会も退会し、独自に展開していくことにした。」 一方ネスレのHPでは 「本来、公正競争規約の規定は、不当な顧客の誘因を防止して、一般消費者による自主的かつ合理的な選択及び事業者間の公正な競争を確保することを目的とするものと考えます。しかしながら、今回、弊社の「レギュラーソリュブルコーヒー」という名称の使用を認めず、さらに、広告表現としての使用をも不当表示とする公正競争規約改訂案が採択されました。これは、特定企業の経済活動を恣意的に阻害するものであり、ひいては、現在及び将来のコーヒー業界全体の革新性を奪うものと受け止めており、大変残念です。 このようなことから、ネスレ日本は、全日本コーヒー公正取引協議会を退会し、これまで通り、食品関連法規を順守した表示を行い、「名称:レギュラーソリュブルコーヒー」と表記いたします。また、あわせて、ネスレ日本が所属するコーヒー関連業界団体の一般社団法人全日本コーヒー協会、日本インスタントコーヒー協会、日本珈琲輸入協会も退会することといたしました。」 http://www.nestle.co.jp/media/pressreleases/allpressreleases/20140723 とある。 この動きへの反応をウェブ上で見ると、どうやら一般消費者にはその意図や想いは全く伝わっていない。 業界リーダーのごり押しと取られるか、又は「どうせインスタントなのにレギュラーと偽って騙そうとしている企業」という受け止められ方まであるのだ。 東洋経済オンラインによれば 全日本コーヒー協会の西野豊秀専務理事は、「自治体の消費生活センターや当協会に『レギュラーコーヒーと間違えて買ってしまった』というクレームが寄せられている。ソリュブルの意味がわかる人でも、レギュラーコーヒーがさっと(お湯に)溶けるものと思ってしまう」と話す。 http://toyokeizai.net/articles/-/43795 かって、同社でインスタントコーヒーのマーケティングの担当者として働いた経験のある身としてもこの事態は「大変残念」である。ここで何が本質的な議論か、整理して私の見解を披露したい。 ネスレは主力製品であるインスタントコーヒーがじり貧で市場縮小している状況を何とか打破したい。そこで相当額のR&D投資を行い、レギュラーコーヒー豆を微粉砕してコーヒー抽出液と混ぜ合わせ、豆の酸化を防ぎながら粉末化するという技術イノベーションを導入した。 私が商品担当者であった20年以上前から消費者は「インスタント・コーヒー」と聞くと「安っぽい」「手抜き」のイメージが強かった。何とかこれを払拭しようと躍起になっていた。当時、事実なのだから「コーヒー豆100%」とラベルに明示表記したいと願い出た所、しかるべき筋のかたから 「ネスレがそう書くと他商品が100%と書かない限り他社が疑われるので、却下」 された苦い思いがあった。カテゴリー名が沁みついていて、その打破は前例が無いのだ。私の記憶が正しければ、相当数の消費者は「インスタントコーヒーは、何か混ぜ物をしているので、100%コーヒー豆ではない」と思い込んでいた。その調査データも添付したが通用しなかった。この横並び意識と前例優先主義に辟易した。 私にはネスレのマーケティング担当者、ひいては高岡社長の思いが良く分かる。座して緩やかな死を待つよりは業界に波風を立てたとしてもマーケターとしては勝負したい。他社に真似しにくい技術の商品が手に入ったならそれを最大限に活用したいのは当然であろう。 「消費者が混乱する」と仰るが、一体どの程度の数の顧客が「騙されて購買し、怒っている」のだろう?それは企業が知恵を絞り、顧客にその意味をお伝えして解決すべき問題であろう。騙され怒った顧客は二度と購買しないので、その責は売上減少として、ネスレが当然に負うのだ。 その説明責任において、この「レギュラー・ソリュブル コーヒー」というカテゴリー名はいただけない。 「ソリュブル」は意味が分かりにくいだけでなく、語感も行けてない。これではコミュニケーションコストが莫大になろう。コミュニケーションの投下量も十分と言えないのでは無いか? また、テースティングすると分かるがコーヒー豆の微粉末がそのまま入っている製法のために、風味は通常のインスタントコーヒーよりも芳醇だ。しかし当然のことながら舌に粉のざらつきを感じる。これは好き好きだろうが、折角の新製法であるなら改善して欲しい。何にせよ美味しくないものは売れない。 新製品の売上は好調と聞く。ネスレは最近「ネスカフェ・アンバサダー」という無料でコヒーマシーンを配布し、顧客の囲い込みをチャレンジしている。また、オフィス家具のイトーキと提携してコーヒーマシーンと専用家具とを無料提供するという「Café NESCAFÉ Office(カフェネスカフェ オフィス)」を共同開発した。家庭からオフィスへと販路拡大を狙っている。マーケティング・イノベーションにチャレンジしているのだ。ひいき目無しで私はネスレのマーケティングに注目している。 既にアメリカのコーヒー業界は「焙煎の浅いアメリカン・コーヒー」時代を第1世代とすると、80年代にスタバに代表されるシアトル系による「焙煎の深いコーヒーを薄めて飲む」第2世代が勃興する。そしてブルーボトルコーヒーに代表される「シングルオリジンのコーヒー豆を厳選し、鮮度も徹底管理し、なおかつバリスタが手差し(ドリップ)で一杯一杯淹れる=サードウェーブ コーヒー」にまで進化している。 最近の日本のコーヒー業界ではコンビニ・コーヒーが隆盛となり、さしものスタバも安穏としていられなくなるだろう。アメリカのサードウェーブは日本の良き時代の喫茶店文化をお手本にしているらしい。 旧来のプレーヤーはカテゴリー名で争っているよりも、コーヒー文化そのものを底上げする気概を持たないと、業界全体の発展は無いと思うのだが。どうか? ちなみに私は近所にあるサードウェーブコーヒー店を贔屓にしている。